「三流シェフ」三國清三

「三流シェフ」(2022年)三國清三

魚の並ぶアレキサンドリアのレストラン
三國氏とは関係ありません

日本を代表するフレンチシェフ、三國清三氏の自伝です。三國氏は昨年、四谷の住宅街で37年間続けてきた一軒家フレンチ「オテル・ドゥ・ミクニ」を閉じました。カウンターのみ8席の新店舗をオープンさせるのだとか。69歳になられますが、エネルギッシュですね。

そのタイミングで出された本書。面白すぎて一気読みでした!料理人の情熱、苦悩、執念、狂気、全て見られます。ライターの手はかなり入っていると思って間違いないですが、それにしてもよくぞこれほど濃密なエピソードの数々を紡いでいけるなと。並外れた感性があるから、一つ一つの思い出が心に深く刻まれているのでしょうね。

とにかく面白すぎるので、印象的だったエピソードを箇条書きで抜き出すことにしました。ネタバレ注意です。

  • 三國氏は北海道増毛の極貧の漁師の家に生まれ、小学生の頃からウニや鮑を売りに出ていていたそう。作詞家のなかにし礼氏も同郷で、家族が博打に近いニシン漁に大金を賭け、失敗したらしいです。そこそこの文字数をなかにし氏の話に割き、脇道にそれるのですが、それによって漁師町の空気がグッと立体的になり、引き込まれます。このセンスの良さ。(偉そう。笑)
  • 中卒で米屋で働いていた三國氏が料理に興味を持ち、北海道を代表する札幌グランドホテルで働かせてもらうために、厨房に身を潜め、シェフに声をかける場面。機転と度胸がすごい。
  • みるみる頭角を表し、花形シェフになったのに、推薦してもらった先の帝国ホテルでは2年間、パートの皿洗いしかさせてもらえなかったこと。私なら500万回心が折れてます。
  • そんな中でも諦めず、「料理の神様」と呼ばれる村上信夫総料理長になんとか覚えてもらおうと知恵を絞ります。もはやゴマスリを超えています。料理人でなくても成功できそう。
  • パートの皿洗いしかしていなかったのに、駐ジュネーヴ大使の専属シェフに大抜擢!村上総料理長は三國氏の鍋洗いとか、塩の振り方とか、ちょっとした所に才能を見出していたのです。天才だからこそ分かるのでしょうね。現地では、そうそうたる来賓をもてなすために有名店に飛び込みで教えをこいます。これまた機転と度胸が並外れています。
  • しかも、毎回、鍋洗いから道を切り開いている。
  • その後、スイスとフランスの有名店で武者修行。悪魔のように怒鳴り散らしながら、即興で素晴らしい料理を作り上げていくフレディ・ジラルデの厨房。静かなのに、細部にまで哲学が浸透し、弟子達を緊張させるアラン・シャペルの厨房。個性豊かな天才シェフたちの姿が生き生きと描写されています。
  • 数々の三つ星料理店で修行した後に帰国し、日本を代表するフレンチシェフになったのに、ミシュランの星がついに取れなかったこと。悔しさを堂々と綴っているので、いやらしくないです。笑 ご本人が原因を分析されていますが、運や巡り合わせもあるんでしょうか。

とにかく、全ての描写が生き生きと魅力的です。これまでの歩みと、料理への思いもちょうど良いバランスで盛り込まれています。詩情性のある人だから、きっと文章のセンスも良いのでしょう。新しく開く店では、ほぼ1人で料理を作るということなので、もうワンチャン、ミシュランの星獲得のチャンスを狙っているのかしら。70を前にそれまでの成功を一旦リセットし、挑戦しようという意欲だけでも、すごい人だと思います。執念を感じます。

実は、三國氏の店には二度行ったことがあります。一度目は、5年ほど前に母が「四谷の住宅地を歩いていたら、緑に覆われたすごい雰囲気のある建物があって、レストランだったのよ!ぜひ行ってみたい」と話していて(それがもちろんミクニ)、母の誕生日に行きました。二度目は、夫と結婚式代わりの親族のみの食事会を予定した時に、下見で訪れました。(式の下見だと、1人分のコースを2人で無料で試食できるのです)会場の関係で、食事会は別の店にしたのですが、昆布など和の食材をふんだんに使ったコースで、鮑の食感や苦味がなんとも美味しく、記憶に残っています。

席に案内される途中で、頼まずとも三國氏が流れ作業的に記念撮影してくれました。笑 サービス精神溢れていますね。

流れ作業で記念撮影をしてくれた三國氏。笑 人たらし感が出ています

さて、本書の最後に、三國氏が「一人憧れのシェフがいる」とあるのですが、誰のことか気になります。「ぼくより少しだけ年上で、僕より少し前にフランスから帰り、一軒の素晴らしいレストランを作り」とあるので、松尾幸造さんかな。分かった方いますか?

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